いつまでも健康に運転を続けられるように
~運転に必要な要素と身体能力を維持するための体操をご紹介~
1. はじめに
昨今、高齢者による交通事故が社会的に大きな問題となっています。高齢者の運転免許保有者は年々増加しており、例えば75歳以上の運転免許保有者数は、平成26年末の約447万人から、令和元年末には約583万人まで増加しています。また、令和6年末には約760万人になると予測されるなど、今後とも増加が見込まれる傾向にあります(高齢運転者交通事故防止対策に関する調査研究の調査研究報告書より引用)。その背景には自動車が運転できないと地域生活が成立し難いという社会環境も一因として考えられます。また、2009年に認知症、2014年に運転に支障のある一定の病気に対する関係法令が改正され、高齢者の免許返納を中心としてさまざまな対策が行われています。
これらの対策は公共の安全を確保するため必要なものですが、一方で免許を返納した者や自動車等の運転をしない者の移動の自由を保障する対策は、いまだ対象者が満足しうるレベルでないのが現状です。そのため、自分自身の運転適性に不安があっても、運転を続けるという判断をせざるを得ない者がいることが現在の高齢運転者対策を困難にしていると考えられます。
これらの解決策として、高齢運転者を早期・適切にスクリーニングすること、および能力に応じた運転者教育(運転リハビリテーション)を行い、安全運転寿命を延伸すること、などが考えられます。今回は運転に必要な要素と身体機能を維持するための体操を紹介させていただきます。
(内閣府HPより引用)
2. 自動車運転に必要な要素とは
運転行動に必要な要素を「認知」、「判断」、「操作」の三段階に分類し、それらに関連する「①運転に関わる人間の機能」及び当該機能が「②運転の際に果たす役割」について紹介します。
【認知】
(1) 視力
(ア) 静止視力:
① 静止した状態で静止したものを見るときの視力。
② メーター類の確認や操作に必要な文字の読み取り。
(イ) 動体視力:
① 動きながら対象物を見たり、動いている対象物を見るときの視力。
② 運転中に標識等の確認や周囲の危険発見。
(ウ) 深視力:
① 対象物までの距離判断や奥行き(立体感)を読み取る視力。
② 前車との適切な車間距離の維持や壁や障害物との奥行き(立体感)を読み取る。
(2) 明るさ調節
(ア) 夜間視力:
① 夜間などの暗所での視力。
② 薄暮時や夜間あるいは雨天時の薄暗い中での運転。
(イ) 明順応・暗順応
① 周囲が急に明るくなったり、暗くなった際に、その明るさに慣れる機能。
②トンネルに入った際の視力の回復(暗順応)、トンネルから出た際の視力の回復(明順応)。
(ウ) グレア回復
① 強い光を受けることで一時的な視力の低下を起こす現象。
② 夜間、対向車からのヘッドライトなどで強い光を受けた際に視力が低下。
(3) 周辺視
(ア) 視野:
① 両目で見える範囲、左右それぞれ35度付近は形や色を正確に確認できる「中心視」と、そこから外側は物の存在を大まかにとらえることしかできない「周辺視」がある。
② 受動的な周囲の情報収集や危険はっけんと 交差点や進路変更時などでの安全確認。
(イ) 眼球運動:
① 両目の協調運動により、奥行きの知覚や、周辺視野にある目標に対して視線を向ける機能がある。
② 能動的な周囲の情報収集や危険発見と交差点や進路変更時などでの安全確認。
(ウ) 聴覚機能:
① 周りの音を聞く能力、聴力検査は周波数が低い1000ヘルツの「低音」と周波数が高い4000ヘルツの「高音」で行う。
② エンジン音やタイヤ音(走行音)などによる車両等の接近の感知。
(エ) 注意機能:
① 多くの情報の中から情報を選択する心的機能、必要な情報だけを優先的に処理するといった最適化を行う情報の選択的処理機能。
② 運転中に周囲の危険を察知するために注意を分配したり、逆に特定の危険に対して注意を集中したりする能力。
(オ) 抑制機能:
① 葛藤条件での不適切な行動を行わないことや衝動的な行動を抑制する機能。
② 信号等を遵守することや、周囲の交通と合わせた適切な運転行動が出来る能力。
【判断】
(1) 反応力:
(ア) 単純反応時間:
① 既知の1種の刺激が提示され、それに対して決められた1種の反応をするときの反応時間。
② 危険回避のための反射的なブレーキ。
(イ) 選択反応時間:
① 既知の複数の刺激のいずれかが提示され、刺激に応じて決められた複数の反応のいずれかを行うときの反応時間。通常は平均選択反応時間で測定。
② 交差点など情報量の多い場所での素早い状況判断。
(ウ) 記憶力:
① 物事を記憶する能力。
② 道順、ウインカー等の操作、アクセル・ブレーキペダルの正確な踏みかえに加えて、危険な交通場面を記憶し、適切に対応する能力。
【操作】
(1) 運動能力
(ア) 筋力
① 筋が収縮する時に生まれる力、おもに関節を曲げるときの「屈筋」と関節を伸ばすときの「伸筋」があり、屈筋と伸筋がバランスよく力を発揮することで思い通りに身体を動かすことができる。
② 運転姿勢維持、運転操作、安全確認動作。
(イ) 瞬発力:
① 瞬間的に作動する動的筋肉、瞬間的に発揮できる手足のばねの力。
② いざというときのブレーキ操作やハンドル操作。
(ウ) (筋)持久力:
① 筋肉を動かし続けられる力で筋肉自体が持つ持久力、負荷がかかっている筋肉にしかつかないため、腕立て伏せなど対象部分に刺激を入れ続けることで向上。
② 運転中にアクセルペダルを適切に踏み続ける。
(エ) バランス能力:
① 静止または動的動作における姿勢維持の能力、感覚系・中枢司令系・筋力系などの要素によって決まる。
② 正しい運転姿勢の維持や適切な運転操作のための体勢維持。
(オ) 柔軟性:
① 筋力と腱が伸びる能力。座った状態や立った状態からゆっくり身体を伸ばしていく「静的柔軟性」と動きの中で体の関節や筋肉が自由自在に伸び縮みする「動的柔軟性」がある。
② 首、肩、腰を回転させての安全確認やスムーズなハンドル操作。
(カ) 敏捷性:
① 刺激に対してすみやかに反応したり、身体の位置変換や方向転換をすばやく行なったりする能力。
② 危険に対する素早いハンドル操作やブレーキ操作。
(キ) 巧緻性:
① 動作を目的に合わせて巧みに調整して行う能力。
② カーブでのハンドル操作、駐車場や狭い道路でのすれ違いや切り返し。
(ク) 調整力:
① 身体各部および感覚、知覚などを合理的に動員してスムーズな動きができる能力。
② 周りの状況を的確に判断しながらのスムーズな運転操作。
※必ずしも上記のような分類となるわけではありません。
3. 運転に必要な身体能力を維持するための体操をご紹介
(1) 目と首の動きを良くしよう
①人差し指を立てた両手をできるだけ広げ、正面を向く。
②~③右の指を見てすぐに顔を正面に戻す。
④左の指を見てすぐに顔を正面に戻す。
これを3周繰り返す。
(2) 視野を維持しよう、チェックしよう
①正面を見たまま、軽く前方に上げた両手の指を視野に入れる。(眼は動かさない)
②上げた両手を少しずつ手前に近づけていき、指が見えなくなるところまで続け
る。
指が見えなくなったポイントが現在の視野として、自身の状況を確認する。
(3) 体幹の柔軟性を維持しよう
①胸を張り、両手を肩にのせる。
②両手を肩に付けたまま、ゆっくり両肘を前に動かす。
③元に戻す。これを3回繰り返す。
④今度は両肘が付くまで前に動かす。
⑤今度は大きく胸を開くように肘をできるところまで拡げる。
これを3周繰り返す。
※②③の体操で痛みが出た方は、④⑤は実施せずに、②③の体操を痛みのない範囲で実施してください。
(4) 踵上げをして、ペダルを踏む力を強くしよう
①~②両足を揃えて立ち、かかとをピンポン玉1個分程度の高さにゆっくり上げ、ゆっくり下げる。これを3回繰り返す。
③~④今度は、自分が可能な目いっぱいなところまでゆっくり上げ、ゆっくり下げる。これを5回繰り返す。
※机など、横か前につかまるところがある状態で行いましょう。
※スリッパやヒールのある靴を避けましょう。
※①の体操で痛みが出た方は、②は実施せずに、①の体操を痛みのない範囲で実施してください。
(5) 足の幅をきっちり一歩分動かす練習をして、バランス能力をつけよう
①~②膝を軽く曲げた状態から、右足を足長きっちり一つ分離れるように前にゆっくり踏み出す。正しく足長一つ分踏み出せているか確認し、踏み出した足を戻す。(修正するようにトライして二回目、三回目を行う)
③~④今度は後ろに右足を足長きっちり一つ分離れるように後ろにゆっくりと踏み出す。正しく足長一つ分踏み出せているか確認し、踏み出した足を戻す。(同様に修正するようにトライして二回目、三回目を行う)
右足で前後3往復行ったら、今度は左足で前後3往復踏み出す。
(6) じゃんけんをして脳を鍛えよう
①右手でグー、チョキ、パーをする。(2周行う)
②右手でグー、チョキ、パーを順に出しながら、その右手に勝つように左手ですぐに手を出す。(右グー、左パー、右チョキ、左グー、右パー、左チョキ)(この動きを2周行う)
③左手でグー、チョキ、パーをする。(2周行う)
④左手でグー、チョキ、パーを順に出しながら、その左手に勝つように右手ですぐに手を出す。(この動きを2周行う)
今度は、負けるように行う。
4. 安全に運転は可能?チェックリストで確認してみよう!
(内閣府HPより引用)
5. まとめ
今回は、高齢運転者が安全運転を継続するための一助となることを目的に、体操の紹介をさせていただきました。筋力トレーニングや柔軟性、敏捷性向上のための運動は高齢者であっても相応の効果が認められることが多く報告されています。ただし、運転は極めて複雑かつ複合的な作業であることから、体操を行うことのみにより直接的な運転適性の改善や耐久性向上などの効果を期待することは難しいことに留意が必要です。
またご自身の運転、ご家族の運転に対して、おや?と思うことがあれば、チェックシートを活用し、運転適性について見直すことも重要です。ぜひご活用ください。
地域の皆様に支えられながら、理学療法士としても、徳島県民としても11年目となります。
理学療法士としても、人としても成長させていただいたと思える10年間。
地域の皆様にご恩返しができるよう、努めてまいります。
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