はじめに
言語聴覚士として働いていると、一番多く受ける相談は誤嚥性肺炎に関することです。
厚生労働省の発表によると、2022年の誤嚥性肺炎による死亡者数は全国で56,068名で、これは新型コロナウイルス感染症による年間死亡者数47,635名よりも多くなります。また、近年では誤嚥、誤嚥性肺炎に対する認識が広まっていると感じますが、前年(2021年)の死亡者数49,488名よりも増加していることが現実です。
“誤嚥性肺炎は聞いたことがある”、“怖いものだ”、“なりたくない”といった漠然としたイメージはあるものの、『誤嚥性肺炎にならないためにどうすればいいのかわからない』という方も多いのではないでしょうか。
誤嚥とは
誤嚥とは、食物や唾液などが声門を超えて気管内に入ってしまうことを言います。誤嚥しそうな時に起こる防御反応が「むせる」ことであり、誤嚥物を喀出する大切な働きです。
どうして誤嚥するのか
詳細な説明は専門的になりすぎるので割愛しますが、人間は二足歩行や音声言語を獲得することで構造的に誤嚥する可能性が高まることになったと言われています。ただ、そうは言っても頻繁に誤嚥するわけではなく、以下のような原因により飲み込む力が低下することで誤嚥しやすくなります。
- 脳卒中による、嚥下に関する運動や感覚の障害
- 加齢による、嚥下に関する運動や感覚の低下
- 禁食による、嚥下に関する運動の不足
- 不適切な栄養管理による、低栄養の状態
特に2.の加齢によるものとしては40歳代から低下が始まっているという報告もあり、今は自
覚のない多くの方にも今後該当してくるかもしれません。
誤嚥=誤嚥性肺炎?
では、誤嚥すると必ず誤嚥性肺炎になってしまうのでしょうか。そういうわけではありません。以下のような様々な要因が関係して肺炎に至ってしまいます。
- 誤嚥物の質や量
- 口腔内の汚染状態
- 栄養状態
- 体力・抵抗力
- 誤嚥物の喀出力
誤嚥性肺炎予防
誤嚥性肺炎にならないために日頃から行えることがあります。
1. 舌を鍛える
食べる機能は舌の機能と関連していると言われています。舌圧(舌が上顎を押す力)が25kPa以上あればほぼ普通の食事が摂取可能と考えられています。誤嚥しにくくなるということは、もし誤嚥してしまっても少量で済む可能性が高くなります。
舌の力を鍛えるために身近なものでは、スプーンやアイスクリームの棒を舌で押し返すように抵抗を加える方法があります。1日3秒間、1日10回×3セット、週3〜4回、2〜3ヶ月継続することで効果が得られます。
2. 口の中を清潔にする
歯科衛生士の専門的口腔ケアを週に1回受けることで4割ほど誤嚥性肺炎の発症を予防できるという報告があります。もし誤嚥してしまっても口の中の細菌が少ないと誤嚥性肺炎を発症しにくくなります。また、口の中に刺激が入り、運動にも繋がるため口腔機能にも良い影響が期待できます。専門的な口腔ケアとまではいかなくとも、1日5回以上(起床時、毎食後、就寝時)を目標にしっかりと歯磨きをしていただきたいと思います。
3. 栄養状態を良くする
栄養に関する指標は多数ありますが、なかなか1つのことで判断できるものではありません。簡易的な目安としてはBMIがあります。日本では18.5未満を痩せ型としており、ある研究ではBMI低値が誤嚥性肺炎のリスク因子になると報告されています。
実際は体重よりも筋肉量がより重要になりますが、普段からしっかりと食事を摂ることは誤嚥性肺炎のみならず健康にとても大切です。
4. 免疫力を高める
よく笑うこと、お腹や手足を適度に温めること、ストレスを溜めないこと、適度な運動をすること、バランスの良い食事を摂ること、十分な休養や睡眠をとることなどで免疫力が高まると言われています。生活習慣病を予防するライフスタイルが誤嚥性肺炎の予防にも繋がります。
5. 咳をする力を鍛える
前述の通り、誤嚥しそうな時に起こる防御反応が「むせる」ことです。しっかりと誤嚥物を喀出できれば肺炎のリスクはほぼ無くなります。「むせる」力の基準としてはCPF(Cough Peak Flow:咳嗽時最大呼気流速)があり、咳をした時に1秒当たりでどれくらいの息が吐き出せているかを計っています。CPFが242L/min未満が誤嚥性肺炎のリスクとされています。咳をする力を鍛えるためには口すぼめ呼吸(鼻から吸って口から吐く)やペットボトルブローイング(水を入れたペットボトルにストローを差して吹く)などがありますが、有酸素運動や歌唱、大きな声を出すことも効果があります。
6. 嚥下体操
食事前に嚥下体操を行うことで嚥下に対する気持ちと体の準備を整え、誤嚥しにくくなります。
おわりに
『誤嚥性肺炎にならないためには』というと、どうしても“嚥下機能”と言われる飲み込む力を上げることを考えます。しかし、人間の体は誤嚥してもすぐに誤嚥性肺炎にならないように「むせる」ことや免疫による防御システムを持っています。誤嚥を恐れてばかりでは食事が楽しくなくなってしまいます。もちろん誤嚥しないようにしなければいけませんが、誤嚥したとしても誤嚥性肺炎にならないようにライフスタイルを見直すことも重要だと思います。
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